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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

自尊心を持つのは良いことか

前回より健全な承認欲求はあるのかについて考察しています。今回は自尊心は重要であり、それと重なる承認欲求は良いものだという考えについて検討します。

自尊心とは何でしょうか。自尊心と承認欲求はどのような関係があるのでしょうか。
前回言及したマズローはesteem、self esteemという言葉を使用します。前者が承認、後者は自尊心と訳されます。つまりesteemを自分でするのが自尊心で、他人が行うのが承認という考えです。

それではesteemとは何でしょう。
esteemの語源はラテン語のaestimareで、見積もるという意味があります。英語で概算見積はestimateです。
つまり価値を測って値付けするという意味合いがあります。

測るためには何らかの目盛りが必要となります。それが比較対象となる他者であり、世間の目です。
そこで自尊心とは「私は人よりも価値がある」あるいは「私も人並みに価値がある」という気持ちであると考えることができます。

比較されているのは人としての価値であり、数値化による比較にはなじまないものです。どちらの人間が上かという明確な序列は存在しないことは、過去に考察しました。

自尊心が高い人は誰から見ても立派な人だという保証はありません。
不良グループのリーダーは、リーダーであることで高い自尊心を得ることが可能です。

逆に自尊心が低い人が何をしても駄目な人だという保証もありません。
かわいいことが重要だという価値観の集団の中に居る女学生は、いくら勉強ができても外見が良くなければ自尊心は低いでしょう。

自尊心が低ければ自分はだめな人間だと感じて苦しいことは、容易に想像できます。それでは自尊心が高ければ、生き易いのでしょうか。

自分の価値を測ることで得られる自尊心は、あくまで主観的なものです。また比較対象によって変化し、持続的ではありません。

自尊心が高ければ、他者が丁重に扱ってくれなければ不愉快に感じるかもしれません。
自分の価値を測り他者と比べる時点で既に序列のゲームに足を踏み入れており、自分の位置を落とさないように走り続ける必要を感じるかもしれません。
高い自尊心は、穏やかな安らぎをもたらすものではないでしょう。

それでは自尊心を持つこと以外に、自分は駄目な人間だと感じることから解放される方法があるのでしょうか。
次回に続きます。


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