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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

BIその5 スイスの国民投票の結果について(3)

前回述べた通りヨーロッパの国々で導入が検討されているベーシックインカム(BI)はほぼ負の所得税タイプです。
所得の低い人のみが給付を受けるのであれば、生活保護制度と変わらないのではないか、むしろ働けるかどうかを考慮しないならば労働意欲を削ぐ点で生活保護の方が良い制度ではないかという疑問が生じます。
今回はこの点について考察します。

スイスは銀行や保険会社など金融業が主要産業の国であり、この分野は特に人工知能の導入とリストラが進んでいます。
またスイスが現在これほど豊かであるのはタックスヘイブンとして国外から金が集まってきていたからですが、それも終わろうとしています。2018年から口座情報を各国と自動的に情報交換する制度が導入される予定です。
つまり金融業のホワイトカラーの失業者の増大がほぼ確定しています。

彼らは失業すると、どうなるでしょうか。業界自体が縮小するので同業他社に再就職することは困難です。

A 今後需要がありそうな分野の専門技能を身につけて、再就職する 
B 自営業をはじめる
C 国外でホワイトカラーの仕事を探す
D 肉体労働、サービス業などブルーカラーの職に就く
E 生活保護で暮らす

ミドルクラスでオフィスワークをしてきた人がまず考えるのはABCです。
社会の側からすれば彼らがAかBを選択することが一番好ましい道です。彼らのこれまでの貯蓄を投資し、新しい社会のニーズにマッチする方向に動くことになるからです。

Cは有能な人材が流出すること、しかも彼らの貯蓄を新生活開始のために国外に持ち出すことになるため、社会の側からすれば好ましくありません。

Dは移民や若者に交じって慣れないきつい仕事をして、しかも収入は過去の半分も得られないという状況になりがちです。学生時代のアルバイトのように一時的なものであれば割り切れても、それが今後ずっと続くとすれば精神的な苦痛を感じやすいでしょう。

多くの人は、自分は役に立つから、あるいは金をたくさん稼ぐからOKであると無意識のうちに思い込まされています。リストラされて自殺する人が少なくないのは、この条件を満たせない自分は駄目な人間だと感じて絶望してしまうためです。

Dの選択は、これまでの自己のイメージとうまく業務をこなせないという現実のギャップから、承認欲求が発動しやすい状況になりがちです。
具体的には、新入りなのに経営者目線で仕事の効率化を論じてみたり、同僚を見下した態度をとったりという行動です。
そうなると、雇用者や同僚も自分の方が上だと示したくなり、結局承認欲求をお互いに刺激して、ダメ出しし合うような不幸な環境になります。

社会の側でもDの選択はあまり好ましくありません。高学歴の人々がブルーカラーの仕事に殺到すれば、低学歴の人に皺寄せが生じます。しかも再就職で給与が減る人は消費に回せる金も減るために、飲食業や販売業全体の縮小は免れません。

Eの選択はミドルクラスの人にとっては、精神的に敷居の高いものです。自分は落ちぶれたと感じてしまうために、苦しいものです。
これは他を選択したけれどもうまくいかずに、鬱や薬物やアルコール依存に陥った結果辿り着く道であり、一旦生活保護を受けるようになるとABCDに向かうことは困難でしょう。

このようにホワイトカラー層の失業という点に注目すれば、失業者にとっても社会にとっても、BIは生活保護制度よりも優れていると考えられます。

BIはAやBを選択することを後押ししてくれます。
もしも開業して失敗してこれまでの貯金を使い果たしても、最低限の生活は保障されるという安心感があります。家族を養うという重圧もなくなります。これは新しい専門分野習得が結果的に無理だった場合も同じです。
つまりこれらの選択が、いちかばちかの賭けではなくなるのです。

またNPOの立ち上げのような採算よりも社会のニーズを重視した活動を始めることも可能になります。

Dの選択をする場合でも、急にフルタイムで無理をするのではなくパートタイムで段々と新しい環境に慣らしていくことが可能になります。あるいはずっとパートタイムという選択をして、趣味やボランティアなどの活動を広げることで、職場のみで自分の価値を測る愚を避けることができます。

ヨーロッパにおけるフーリガンの暴力や移民二世の若者のイスラム原理主義への接近の問題は、承認欲求の点から理解することが可能です。
これらは集団化して共通の敵を見つけて攻撃することにより、自分は強いのだと信じようとする行為です。
また薬物やアルコール依存も大きな社会問題です。
さらに問題行動はしばしば親から子に引き継がれ、世代を越えた影響を及ぼします。

人々を最下層に追い込み「お前は駄目な奴だ」という烙印を押すことは、結局社会的なコストを上げることに繋がります。それを避けつつ産業構造の変化に一早く対応することを考えれば、BIの導入には理があります。


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