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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

BIその4 スイスの国民投票の結果について(2)

ベーシックインカム

ベーシックインカム(BI)と一言で言っても、その内容は論者によって異なります。
今回スイスで国民投票で導入の是非が問われたのは無条件の基礎所得をすべての住民にという方向付けだけであり、支給額も制度の詳細も白紙だったことは前回説明しました。
それでは提案したグループはどんな制度を想定していたのでしょうか。

提案グループが想定していた支給額は大人が2500フラン、子供が625フランです。これは家賃及び加入が義務付けられている健康保険を支払った上で最低限の生活ができる平均額にほぼ対応しています。

次に支給のシステムです。大人を例にしています。
A 無収入の人は、働けるかどうかにかかわらず2500フランを毎月受給します。
B 低収入の人は、例えば1500フランの収入しかなければ、差額の1000フランを受給します。
C 丁度2500フランの収入がある人は、制度導入による変化はありません。
D 高収入の人。例えば6500フランの給料がある人は、給料から毎月2500フランをBI基金として引かれます。つまり雇用者からの手取額は4000フランに下がります。しかしBIとして国から2500フランを受給するので、結局6500フランの月額収入となり、プラスマイナスゼロです。

ここに言う収入が勤労所得か年金などの社会保障給付かの区別はありません。従って現在6500フランの年金を受給している人もDの例と全く同じです。

この方法によれば、BIに必要な財源の約88%はカバーできます。残りの12%については。付加価値税(日本の消費税のようなもの)を上げるという案と、金融取引に課税するという案、政府紙幣を刷るという案などが出ていました。

ちなみにスイスの給料平均値は、連邦統計局の2014年調査で6189フランです。

さて、ここまで読み進めれば、反対者が多いことが理解できます。(注)
多くの人にとっては、利益がありません。子供や病人など無職の家族を養っている人には恩恵はありますが、単身者にはそれもありません。もしも増税されれば不利益を被ることになります。

またCとDのカテゴリーを見ればBIが支給されるという説明は詭弁だと感じる人も多いでしょう。
結局低収入で子沢山であることが多い移民カテゴリーが得をするシステムだと捉える人もいるでしょう。

スイスで国民投票にかけられたBIは負の所得税とも呼ばれる、社会保障の色合いが強いものです。ちなみにオランダやフィンランドなどヨーロッパで導入が検討されているのは、ほぼすべてこの系列です。

BIには、収入にかかわらず同額を支給するタイプと、負の所得税タイプがあります。後者は社会のリセットとしての意味が薄まると以前書きました。その違いは非常に大きいため、そもそも同列に語ることは無理があります。

国家権力が強大化する、働きたいという意欲を削ぐという批判は、負の所得税タイプのBIに向けられたものです。

国民投票で否決されたのはBIになると年金を廃止されるから云々と誤解する人もいますが、上記のようにスイスで提案された案には年金廃止は想定されていませんでした。
年金廃止を含めた社会保障の根本的な見直しを求めるのは、収入にかかわらず同額を支給するタイプのBIです。こちらは税制の単純化も含め政府機能の縮小を志向します。

それではヨーロッパでは個人の尊厳とか社会参加という美しいスローガンの下で、BIといううさん臭いシステムを導入しようとしているのであり、これは世界政府の陰謀なのでしょうか。
今回賛成に投票したのは貧乏人とお花畑の左翼だけだったのでしょうか。

ネット上では単純化された構図を元に好き嫌いの印象を語るのみに終始する言論が多いように感じます。問題なのは同じような言論ばかり目にして自分は知っていると誤信しやすいために、自分と逆の見解をとるのはその人が悪人だから、あるいは馬鹿だからという結論になりがちなことです。
そう結論付けた人に「いや、こういう事情もあるんだよ」と説明すると、嫌な顔をされたり「お前は悪人を弁護するのか」と非難されることすらあります。

次回は国民投票に関する最終回として、負の所得税タイプのBIは既に社会保障が充実しているスイスのような国でどのような利点があるのかについて考察します。

(注)
今回参照した記事の日本語版はこちらです。
www.swissinfo.ch

なお、提案グループのサイトには支給システムに関する記述はありませんでした。従って、この提案グループの想定していたシステムがどの程度国民に周知され投票に影響したのかに関しては、疑問が残ります。