承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

BIその3 スイスの国民投票の結果について(1)

続きを書く予定でしたが一旦中断して、昨日出たスイスのベーシックインカム(BI)に関する国民投票の結果について書きます。

日本円にすればおよそ28万円という金額と、投票者の8割という圧倒的多数の国民からBI導入を否定されたという結果のみが伝えられ、それを元に多くの人がコメントすることでしょう。その結果、多くの人はBIは大きな財源を必要とする現実離れした提案だという印象を持つ可能性が高いと思われます(注1)。

他方で、無条件で今後生活に困らない大金がもらえるチャンスなのに、なぜ多くのスイス国民は棒に振ったのかと疑問に感じる人も少なくないでしょう。
今回の国民投票に関して詳しく知れば、それは理解可能です。

日本人にとっては国民投票自体が馴染みがない制度です。もしも賛成多数であったらスイス国民は毎月28万円支給されるかのような誤解をしている人も多いでしょう。

今回国民投票にかけられた提案は憲法に次のように追加することです。
110条a
1 連邦は無条件の基礎所得制度を備える。
2 基礎所得はすべての住民の尊厳を持つ暮らしと公共生活への参加を可能にするものでなければならない。
3 財源と金額は法律で定める。

ここで留意すべき点は二つです。
ひとつは財源や支給金額は争点ではないことです。施行のための具体的な法案は議会に委ねられます。従って28万円は多すぎるとか、増税を理由にした反対は成り立たないはずでした。

ふたつめはBIが給付される範囲です。私は「住民」と訳しましたが、populationです。これに国籍を持たない住民や海外在住の国籍保持者を含むのかどうかというのは重要な点と思われますが、今回は大きな争点にはなりませんでした。

なぜ争点にならなかったのでしょうか。それは「みんなノーだよね?そうでなければ税金上がるよ」という方向で世論誘導がなされたからです。

今回の国民投票は2015年12月18日の決議で実施が決まりました。その内容は2条項からなっています。
1条には、BIに関する議案提出は有効であり国民と州による投票が行われることと、提案内容として上述した110条aが記されています。
そして2条は次の通りです。
「連邦議会は国民と州に提案を否決することを要請する」(注2)

この決議は157名の賛成、19名の反対、16名の棄権でした。2条の文面から明らかなように、大多数の157名の議員がBI導入反対ということです。その後なされた州代表からなる決議では、BI導入に賛成したのは1名のみでした。
このように政治家は圧倒的にBI導入に反対でした。

想像してみてください。家計を握っている妻が夫に言います。
「息子ちゃんが塾に行きたがっているの。勉強するのは良いことだけど塾はすごく高くて経済的な余裕がないから私は反対よ。もし行かせるならあなたのお小遣いを削減しなきゃいけないけど、それでも賛成する?」

もしも妻がこう言っていたら、夫の返事は異なったかもしれません。
「息子ちゃんが塾に行きたがっているの。勉強するのは良いことだけど経済的な余裕がないのが問題よ。もしあなたが賛成するなら安くて評判の良い塾がないか、家計のどこを削れるか検討するけど、どう思う?」

BIは全員に給付されるものなので、夫が損をするこの喩えは変だと思った方もいるでしょう。
日本で議論されるBIは8万円とか10万円という支給額であり、28万円という大金とはかけ離れています。同様に提案者の想定していたBIの制度自体も我々の持つBIのイメージとかなり異なります。

次回は国民投票提案者の想定していたBIはどんなものだったのかについて述べます。
塾の喩えが変ではないことが理解できるでしょう。

(注1)今回私が参照したのはこちらの記事とそのリンク先です(すべてイタリア語です)。
この記事が「スイスでは反対者の言う通り、無条件な基礎所得は実現不可能なユートピアであり続けることとなった」という言葉で始まっていることからも分かるように、BIを主張する人は夢想主義者だという方向での世論誘導が存在します。

(注2)理解しやすいように日本の国会に当てはめれば、連邦議会は衆議院に該当します。スイスでは日本の参議院に当たるものが各州の代表から構成されることから、2条の文言は「参議院でも国民投票でも提案を蹴ってね」ということです。
スイスの政治システムに関してはこちらを参照して下さい(日本語です)。