承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

BIその2 束縛と自由のダイナミズム

前回ベーシックインカムはリセットボタンとしての性格があると述べました。今回はBIに限らず新しいシステムについて考察する時に鍵となる、社会のダイナミズムを形成する二つの潮流について述べます。

人間は社会的な生き物であり、全く孤立して生きることは稀です。原始的な社会を観察すれば明らかなように、人間同士が協力して生きることがデフォルトです。単独行動よりも危険に対処しやすく生き残る可能性が高いためでしょう。

集団で暮らす場合でも安心できません。天災などにより生存が厳しい状況に陥ると、しばしば誰かを切り捨てて集団の規模を縮小して生き残るという戦略が取られます。そのため仲間として承認されることが非常に重要となります。

疎外されるかもしれない不安は、時として集団内での地位を確立して安全を確保しようという行動を促します。更に他者を支配したいという欲望に変化することがあります。

承認欲求の根底には自分はだめな人間かもしれないという不安があります。そのためたとえ集団内で地位を確保しても、いつか蹴落とされるのではないかという恐怖が持続します。集団内に不満があることを察知すれば支配する者の危機感は高まり、不満を押さえ込むための強力な手段を講じる方向に進みます。

集団内でストレスが高まると、その集団構成員個々の承認欲求も高まる傾向があります。「だめな人間は自分ではない、あいつだ」と他者を攻撃することで、自己の地位保全とストレス解消を図ろうとするため、呪いが充満するからです。承認欲求が同調圧力を生み出すことについては、以前考察しました。

多くの人は人間関係のしがらみに僻々していても、孤立すれば困ることが多いために我慢を強いられています。
権力抗争をしかけて自分が頂点に立とうとする闘争的な人は稀であり、大多数ははそんな危険を冒さずに自由を獲得したいと願うようになります。特に集団のマイノリティであり同調する行動に違和感が強い人は、そこから解放される道筋を必死で探します。

このような他者をコントロールしたいという力と、解放されたいという力のせめぎ合いの中で、後者が自由になるための手段として取り入れるのが新しいシステムです。(注)
そのシステムは一旦は支配のリセットをもたらします。しかしやがて時間の経過と共にそのシステムもコントロールの手段として組み込まれてしまいます。

通貨を例にしてみましょう。

原始的な社会は、通貨がありません。贈与と交換で成り立ちます。
しかし贈与を受けるばかりで自分は他者に与えない人は、やがてだめな人、狡い人と認定されるようになるでしょう。
贈与であっても、実は時間差がある交換を期待されることは現代でもよくあることです。

収穫が少なく集団の構成員全員に食糧が行き渡らない時に、一番切り捨てられやすいのは集団から駄目な奴認定を受けた人であろうことは容易に想像できます。
その危険を避ける一番の方法は、自分が高い地位を確保することです。こうして権力闘争が起こり序列が生まれます。言語を操る人間は肉体的に劣っていても権力を握ることが可能です。

争いを好まない大多数の人は、ひたすら仲間と仲良くすること、権力者に逆らわないことが生きるために必要となります。しかし真面目に生きていても自分が序列の底辺になり、生存が厳しくなる可能性は否定できません。権力者はしばしば自分が上であることを見せつけるために贅を尽くします。権力者に取り入って序列の階段を上がる人も存在します。

このような状況で、通貨は福音となります。
第一に自分がこれまでどれだけ生産し集団に貢献したのか可視化できます。
第二に現物と異なりいざという時のために貯めておくことが可能です。
第三に他者と無理に仲良くしなくても必要な品を入手することが可能になります。
第四にその通貨が流通する地域であれば、人や物の移動が可能になり、社会の流動性が増します。
こうして通貨システムは支配からの解放をもたらします。社会システムのリセットです。

しかし時間の経過と共に、通貨を道具とした新たな支配のシステムが確立されます。いつの間にか、序列の上にいる人ほど金が手に入るような構造に変化してしまうためです。

続きます。


(注)新しいシステムが常に解放のために取り入れられる訳ではありません。特に権力者が進んで導入するものは、当初から権力維持のために便利なシステムであることは説明する必要もないでしょう。
対抗勢力が自分が権力を握る手段として新システムを取り入れることもあります。その場合も単に権力の移行があるだけで、束縛からの解放はありません。