承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

BIその1 社会のリセットボタンとしてのベーシックインカム

承認欲求には「自分」「OK」「信じたい」という三つのキーワードがあります。このうち特に「OK」について考える切り口として、これから数回にわたってベーシックインカム(BI)について考察します。

多くの人は自分はOKだと考える根拠として、経済的に自立していることを挙げます。金持ちは貧乏人よりも上であると考える人は決して少なくありません。自分はだめな人間だという思いはしばしば「このままではいつか落ちぶれて、みんなに見捨てられて餓死するのではないか」という恐怖と結びついています。

BIとは国民全員に定期的な生活最低保障額を給付する制度です(注)。幾つかの国で試行や予備調査が始まっています。国民全員が毎月一律同額の年金がもらえるとイメージすれば分かりやすいでしょう。但し金額と支給範囲に関しては、広い議論の余地があります。

給付月額は餓死せずに済む最低ラインの5万円程度から、スイスで提案された28万円程度まで大きな幅があります。BIとひとくくりに議論されていても、財源や労働意欲を考える上で大きな差となるため注意が必要です。

支給対象も国籍、その国に在住しているかどうか、年齢など、選別要素のバリエーションが可能です。BIを導入すれば移民が押し寄せると危惧する人もいますが、それを回避したければ対象を日本国籍がありかつ日本に在住している者と限定すれば済むでしょう。

このブログは政策提言や経済批評を目的としたものではなく、従ってBI導入の是非を述べることは主眼ではありません。個人的には人工知能やインターネット技術同様、BIの導入は不可避であり単に遅いか早いかの問題ではないかと考えています。それはBIには社会のリセットボタンとしての性格があるためです。

現在の社会は問題が山積しています。少子高齢化による年金制度の破綻、介護問題、人口減少による限界集落の増加、資本主義経済の行き詰まり、貧富の差の拡大、インフラの老朽化、政府や政治家に対する信頼の低下など、枚挙にいとまがありません。これは日本に限らず、多くの先進国に共通する問題です。

問題に対して三通りの態度が存在します。1)問題を無視あるいは過小視すること、2)ひとつひとつ解決しようとすること、3)システムを変更してリセットしようとすることです。
これを例えば年金制度問題にあてはめるならば、1)日本の年金制度は問題ないと信じる、2)移民導入や支給開始年齢引き上げなどで改善しようとする、3)年金制度は終了してBI移行という三通りが考えられます。
1や2で大丈夫だと考える人は、BIは検討するに値しないもの、現行の制度を破壊する危険なものに見えるでしょう。

もっともリセットにはBI以外の選択肢もあります。戦争、大規模な自然災害、革命、独裁、世界政府やアジア連邦樹立による国の権限委譲や消滅などです。
このうち独裁には注意が必要です。リセットとしての独裁と体制維持のための独裁があるためです。前者は例えばリビアのガタフィやキューバのカストロなど社会主義の導入が挙げられます。後者は問題を無視して不満を封じ込め体制を維持するための独裁です。前者の政策が失敗して段々後者に軸足を移すケースも少なくありません。

BIは社会のリセットボタンとしての性格があるために、これを考察することは豊かさとは何か、仕事とは何か、家族とは何か、社会とは何かを考え直す契機になります。
自分はだめな人間だと感じて死を選ぶ人は少なくありません。自分をリセットする前に社会のリセットについて考えることによって、だめな人間だいう感覚自体が変化するかもしれません。


(注)BIの支給には所得制限を設けないのが基本です。しかしBIの中に負の所得税という考え方を含める人も少なくありません。
この考え方では貧富の差に関する問題を改善することに焦点が当てられており、所得が多い人は給付から外れることになります。この場合BIの社会のリセットボタン的な性格は弱まります。ハードルを大きく下げた生活保護のような位置付けになるためです。
今後このブログでは、特記しない限り所得制限なく一律に給付される本来のBIを念頭に論を進めます。