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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

東日本大震災から五年 その2

このブログでは承認欲求を自分はOKであると信じたいことだと定義しています。そこで承認欲求を生む土壌である「こうするべきだ、そうしないオマエは駄目な奴だ」という呪縛に注目して、その意味を問い直す試みをしています。

意欲がなくエネルギーを注がない状態は非難されやすいものですが、この状態を一律に考えることはできません。そこで以下のように分類しました。
B-1 力を入れる意味がないために静止している状態
B-2 これをやるべきだと思っているけれど動けない状態
B-3 エネルギーが対象に向かわない状態

前回は東日本大震災後の「頑張ろう」という類の呼びかけに関して、B-1の頑張る意味を見失ってしまった人々や、B-2の頑張ろうと思っても頑張れない人々が存在することについて書きました。

震災から時間が経つにつれ、昼間から飲酒をしているとか我儘だという理由で被災者を非難する書き込みがネット上に散見されました。被災者は我慢や努力をすべきいう考えが前提にあると、そうしない人はだめな人間だ、だめな人間だから復興が進まなくて困窮するのだと、あたかも被災者の自業自得であるかのように単純化される危険性があります。

これはマインドコントロールの手法として頻繁に使用されるものです。例えばいじめが原因で自殺した子供に対して、「いじめられる方にも原因がある」とか「安易に死ぬことで困難を解決しようとするのが悪い」と、本人に問題があり自業自得であるかのような印象を与えようとするのも同じです。このテクニックは問題の原因追求から目を逸らすために使用されます。

復興がなかなか進まない主な原因は努力しない被災者ではありません。支援に向かうはずのエネルギーの搾取や、問題を直視することを避けたために復興後のビジョンが曖昧であることです。これがB-3に該当するものです。(注1)

同じ構図は「食べて応援」にも該当します。

原発による食品汚染がどの程度の被害をもたらすかは未だ明確ではありません。それが明確になるのは10年、20年の長いスパンが必要かもしれません。あるいはチェルノブイリの事故のように科学者の間で見解が分かれたままになるかもしれません。
安心だと感じる人と不安だと感じる人が存在するのは、当然のことです。

安心だと感じる人は「福島産の食料品はおいしいし、応援にもなるなら嬉しい」と大量に購入したでしょう。
あるいは安心と思いながらもエネルギーは注がなかった人も存在します。例えば「この辺では売っていないけれど、見かけたら買いたいな」「妻が子供の健康にナーバスだから喧嘩を避けるために買わないけれど、自分一人ならば買いたいな」と思ったかもしれません。

健康被害が生じるかもしれないと躊躇しながらも消費した人々も存在しました。
例えば給食で出されるから仕方がないとか、周囲が食べているのに一人だけ拒否すれば協調性のない人間だと思われ面倒なことになるという理由で食べて応援した人達です。

放射能に汚染されて危険かもしれないと思い、エネルギーを注がなかった人々もいました。
B-1は例えば、健康被害の可能性があるならば避けることは当然の選択であり、自分の健康を犠牲にしてまで応援する意味を見出せないと感じる人々です。あるいは、福島県の生産者の被害は東京電力が賠償すべきで「食べて応援」は結局のところ賠償しないで済むように東電を応援しているのだと考えた人も存在しました。

B-2は例えば「気の毒な生産者のために食べて応援すべきだ」「協調性のない人間だと思われないために食べて応援すべきだ」と思いつつも、特定の食品を摂取した後は体調が悪化するなどの理由で、口にできない人々です。

B-1とB-2の人々に対して「放射脳」「自分だけ助かりたいのか」と非難したり、強制や騙し討ちのような形で無理やり嫌がるものを食べさせる行為すら発生しました。
ここにも福島の生産者が困窮するのは、食べて応援せずに風評被害をバラ撒く人のせいであるかのような責任のすり替えが存在したと言えます。(注2)

福島の生産者が困窮した原因を考えるならば、彼らに向かうべきエネルギーを搾取した人々のことを無視することはできません。B-3です。
具体的には原発事故に端を発した売上損失の賠償をきちんとしない東電や政府、生産者の救済に回るべき金が食べて応援キャンペーンに流れたことで利益を得た広告代理店や関係者、そして生産者の苦難を利用して食品を底値で買い叩き、産地偽装で売り捌くことで高く利益を得た業者などが注目されてしかるべきです。


(注1)問題直視を避けたために復興のビジョンが曖昧であるとは、原発事故の被害や過疎化を直視してどう対処するのかを広く議論することが避けられたために、方向が見えにくくなったことを意味します。
支援に向かうはずのエネルギーの搾取については、復興予算の流用についてこちらの本が詳しいです。

国家のシロアリ: 復興予算流用の真相

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(注2)例えばO-157を端に発したかいわれ大根、狂牛病の際の牛肉など、安全を憂慮しての買い控えは過去にも存在し、また日本だけの現象ではありません。しかし買い控えた人の人格が非難されたという記憶はありません。