承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

東日本大震災から五年 その1

東日本大震災から五年が経過しました。この五年の間に、なぜこれほど話が通じないのだろうと愕然とした人や、頑張ろうの掛け声の陰で居心地の悪い思いをした人も居ることと思います。
前回の努力しない状態に関する考察を基にして、震災を振り返ってみましょう。
glicine394.hatenablog.com

被災した多くの人はそれをしたいかするべきかを考える余裕もなく、必要に駈られて動いた期間が長かったことでしょう。避難しなければ、家族を探さなければ、ガソリンを調達しなければ、何か食べ物を…と、目の前の課題をひとつひとつこなす状態です。
これは前回の図では黄色い点を上方移動した、努力と熱中の中間の場所に該当します。

努力している状態、つまり気が進まないけれど必要だから頑張ろうと力を注ぐのは、緊急事態が過ぎて一段落した時期か、自衛隊や警察官のように仕事として取り組んだ人々、自分は被災しなかったけれど困っている人々の為に何かすべきと感じた人達に多かったのではないでしょうか。

問題が山積している状態でその解決のために力を注ぐことは価値のあることです。
ただ、あまりに大声の「頑張ろう」という類の呼びかけは、被災者に努力すべきであるという圧力を与えたのではないかと危惧します。また職業として力を注いだ人々の中にも、個人の許容性を越えた無理を重ねるべきと感じた人がいるかもしれません。

努力すべきという圧力は時として我慢を強要することに繋がります。被災者に何を困っているのか声を上げることを躊躇させるならば、効率的な援助は困難になるでしょう。
また努力しない人できない人はその理由に関わらず居心地が悪い思いをしたり、他者に非難されたかもしれません。

前回左下のBの状態として三つ挙げました。
B-1 力を入れる意味がないために静止している状態
B-2 これをやるべきだと思っているけれど動けない状態
B-3 エネルギーが対象に向かわない状態

B-1の状態は本来ならば一番配慮されてしかるべき状態です。親しい人を失ったり、家や職場などこれまでの人生で力を注いでいたものを一瞬にして失えば、人生の意味を問い直すことはごく当然のことです。
多くの人は「より良い未来のためには努力しなければならない、幸せを手に入れられるかどうかは自分次第だ」と何となく考えています。しかし地震や津波や原発災害で人命やこれまでの努力の結晶が容赦なく奪われることを目の当たりにすれば、「結局は運なのだ」とか「人生に意味はない」と虚しさを感じても無理がありません。

楽しいことであれば、それをやる意味を問う必要はありません。しかし苦しいことであればあるほど、それをやるための理由を必要とします。家族の為とか将来の為という理由は、家族を失ったり将来に希望を見出せない人には通用しません。生活の為、金の為というのも、ある日突然死ぬかもしれないという事実の前には意味を失います。
直接の被災者でなくても、これまで堅固だと感じていた日常が実は脆いものだったことに気付いて、以前のように前向きになれない人は決して少なくないでしょう。

そう感じる人は「以前と何も変わっていない、日本は優れた国だから震災はすぐ復興できる」とこれまでの信念を維持しようとする人達と話が通じなくなります。信じようとする人は疑念を生じさせるものは遠ざける必要があるために、「そんなに悲観的になるのは弱い人間だ」「お前は文系だから理解できないのだ」としばしば個人攻撃に向かいます。

前向きに頑張ろうと言う人に囲まれれば、ほとんどの人は自分も努力すべきだと思うようになります。しかしそれでも「どうせまた悪いことが起こるだろう」「今更何をしても過去の状態には戻れない」「自分もいつ死ぬか分からない」という感覚が勝って動けない人も存在します。B-2の状態です。
努力できない自分に不甲斐なく思い、自分はだめな人間だと感じるかもしれません。

信じたい人はとりあえず安心させる言動をしますが、本当の状況を知りたい人はそれに心から納得できません。時間の経過と共に原発事故に関する悪いニュースが小出しされる状況は自分の不安が間違っていないと感じさせますが、それでも周囲は楽観しているように見えます。

これは「知りたい」と「信じたい」というの差異です。信じたい人はそれを覆す見解を嫌うために、不安や疑念を口にする人は攻撃されました。アエラの「放射能が来る」という特集を巡る騒動がその例です。この空気を察して口を閉ざす人が増え、その結果信じたい人が社会の多数であるかのような印象を与えました。

自分の考え方や感じ方が異端であると思えば、間違っているのは自分の方かもしれないと思うのは当然のことです。自分の考えを信用出来なくなった人は、ますます空気を読んで行動するようになります。
加えて絆というスローガンも、身勝手な行動は良くないという強力なメッセージと成り得るものでした。

次回に続きます。