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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

努力しないことは悪か

自由と責任

前回は努力することを単純に善だと言い切ることはできないという結論に達しました。今回は努力しない状態について考察します。

努力とは自発的に力を入れるのではなく、仕方なく力を入れることだと前回定義しました。これを図示してみましょう。
説明の便宜のために四極を示しますが、四項対立ではなくグラデーションであることに注意して下さい。

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左上が努力している状態です。

右上は面白くて熱中している状態です。
苦痛が大きいとエネルギーの効率が悪くなる一方、熱中した方が効率は上がることは前回述べた通りです。ワクワクイソイソと取り組む人は努力している人に比べて知識量も技術も優れていることは少なくありません。

もしも問題があるとしたら、熱しやすい人は冷めやすいかもしれないことです。面白くなくなると途中で投げ出す可能性があります。
これはまず冷めた理由を知ることが重要です。例えばシステムの限界に気づいたとか、もっと新しい技術が出てきたため意味がなくなったというケースであれば、撤退することが最良の選択かもしれません。
そうでなく単に気が変わっただけならば、図の左寄りに移行して責任を持ってやり遂げるか、別の人を探して引き継ぐことを求めれば済むでしょう。

右下のAと示した状態は、興味を持っていながらもエネルギーを注がない状態です。
これは三つの場合に分かれます。
A-1 疲労や病気などの事情でその人自体のエネルギーが少ない場合
A-2 別のことにエネルギーが必要で余裕がない場合
A-3 本当はそれに興味がない場合

A-1であれば休息や治療を必要とします。この状態の人に努力を求めることは無意味です。

A-2は例えば保育園が見つからないとか親の介護をしなければならないなどの理由で、好きな仕事を退職せざる得ないようなケースです。あるいは部活が忙しすぎて好きな読書ができないようなケースです。これも本人の努力で解決できる問題ではありません。

A-3は本人はそれをやるのが好きだと思っていても、実際はそうでないないためにエネルギーが出ない場合です。
これは承認欲求が関係することが少なくありません。例えば物理学に興味があるのではなく「学者のボク」が好きなのであれば、研究や教育にエネルギーを注ぐことは億劫になります。興味があるのは自分自身であり、対象はネタにすぎないからです。
また変化を認めることができない場合もあります。例えばロックバンドで成功した人がすっかり興味が失せてもそれを認めることができず、だらだらと過去の栄光に縋って続けているようなケースです。
これらの状態は実際はBではなくAに位置するものですが、しばしば見分けることが困難です。

左下のBと示した状態は、興味もなくエネルギーも注がない状態です。
これも幾つかの場合に分かれます。
B-1 力を入れる意味がないために静止している状態
B-2 これをやるべきだと思っているけれど動けない状態
B-3 エネルギーが対象に向かわない状態

B-1は自然な状態と言ってもよいでしょう。なぜそれをやるべきなのか理解できないし興味もない場合に、それにエネルギーを注がないのは決して悪いことではありません。にもかかわらず無気力であると非難さることがあります。
努力しないことをただ非難することは、服従を求めていることに他ならないでしょう。他者にエネルギーを注いで欲しければ、中心の黄色い丸の位置に来てもらうことを目標に、なぜそれが必要なのかを本人に理解できるように説明したり興味を持てるような誘導することが望まれます。

B-2は動く勇気を失っている状態と言い換えることができます。「どうせやってもうまく行かないだろう」「失敗して恥をかくくらいならばはじめからやらない方がマシだ」と感じて動けない状態です。

この状態は、本人にとって与えられた目標値が高すぎるか、自分はだめな人間だという気持ちが強い場合に生じます。
前者であれば目標を低く設定し直すことで動き出すことが可能になります。例えば高校受験のために勉強すべきと思っているのならば、受験する高校のレベルを下げることです。
後者であれば、その結果と人間の価値には関係ないことを知ることで、緊張を解くことが可能です。しかし「自分はこれができなければOKではない」という思いこそが「これをやるべきだ」と感じる根拠となっていることも少なくありません。
いずれも周囲の人間が「もっと努力しろ」と言うことは、「そうでなければお前はだめな人間だ」という承認欲求の呪いとして作用する危険があります。

B-3はエネルギーが他に使われている場合です。エネルギーを注ぐ対象が関連しているために本人は力を入れていると感じています。更に自分はこれが好きなんだと信じていればA-3で述べた状態になります。これは前回グル商人の跋扈として述べた状態でもあります。
この状態にある人に他者が「努力しろ」と言えば更に承認欲求を満たす方向へ力を注ぐでしょう。