承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

アイデンティティとは何か その3

アイデンティティと似た言葉にキャラクターがあります。「キャラが被る」「キャラを替える」など短縮化して使用されることからも分かるように、若者にはアイデンティティよりもずっと馴染みがある言葉です。キャラクターとアイデンティティはどのような関係があるのでしょうか。

集団のアイデンティティが声高に主張される時に、しばしば承認欲求による箱の中の箱モデルでの捉え方がされていることを前回考察しました。村八分の人は、村に住んでいながら村のアイデンティティに馴染まない者として箱の外に追放されます。

そこで集団に容認される人物像を学習し、それを演じようとする戦略が使われることがあります。この人物像がキャラクターです。
これは漫画やアニメ、ドラマなどを通じて学習されることが多く、どこかで見たことのあるようなプロトタイプです。そのためどう振る舞えばよいか目星がつけやすく、受け取る相手も脳内補完してくれます。キャラクターは長所と短所を併せ持っているのが通常であるため、失態にもこの人はそういうものだと大目に見てもらえます。

集団内で競合しては困るので、キャラクターは場に合わせて選択されます。そこでしばしば場によって異なるキャラクターを演じることになります。例えば家族の前では甘えん坊キャラを演じていても、バイト仲間の前では一番古株であるため頼りになるしっかり者のキャラを演じるかもしれません。

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キャラクターを使い分ける時に、そのすべてを統合したものがアイデンティティです。アイデンティティという大箱の中にキャラクターという小箱がいくつも並んでいると想像して下さい。図のAです。

意図的に使い分けるつもりがなく、つい別のキャラクターになってしまう場合があります。例えば会社でも自分の親の前でも優秀で温厚な人間なのに、家では妻にイラつき暴力を振るうことがあるようなケースです。本人は家でDV夫のキャラを演じようという意図は持っていません。

本人が自分はOKだと信じたい気持ちが強い場合、自分のアイデンティティからDV夫のキャラを除外します。自分が横暴であることを受け入れることがどうしても困難な場合には、その時の記憶を失ったり、違う人間が出現したと感じることもあります。これが図のBやCです。
この状態は自己の行為を受け入れられない場合のみならず、他者の行為による被害を受け入れられない場合も生じることがあります。

多くの人は「アイデンティティの確立が重要だ」とか「アイデンティティの統合に失敗して…」という言葉を耳にしたことがあるでしょう。BやCの状態になると自他に大きな不都合が生じることから、堅固なアイデンティティを確立することが大切だと考える人々が存在します。
アイデンティティが確立していれば、どこまでが自分の範囲かが明確になります。

しかしBやCの状態になることを防ぐためには、キャラクターという小箱を作り出さないという道もあります。これがDの状態です。キャラクター間の差異があまりに大きければコントロールは困難になることは誰でも理解できるでしょう。

更に進んで、キャラクターの箱のみならずアイデンティティの箱も作らないEの状態も可能です。例えば細かい作業に没頭している状態では、自分という主体を意識しません。従ってアイデンティティも消滅しています。

BやCの状態はアイデンティティが堅固ではなかったことが原因ではなく、むしろ「自分はこのような人間だ」という堅固なアイデンティティに合致しないものが外に押し出されたと捉えることも可能です。

酔っ払うと人格が変わるという人は少なくありません。これは酔うことによってコントロールが緩むと考えられる一方、普段のコントロールが強いゆえに抑圧されたものが強く外に出ようとすると考えることも可能です。
この二つの解釈は矛盾しませんが、解決として目指す方向は逆です。

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