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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

信じるということ

今回は信じるということについて考察しましょう。「信」は承認欲求の重要なキーワードのひとつです。
信じる対象ではなく心理的な状態に注目して分類すると以下のようになります。

1 心から信じている状態
本人にとってはそれは事実であるため「知っている」と感じるでしょう。他者を説得できる可能性の有無によって「知っている」と「信じている」という言葉を使い分けられることもあります。
例えば幽霊は存在しないと信じる場合のような否定的な信では、絶対的な事実であると認識されるケースが多く見られます。これは「幽霊が存在すると証明できない」という科学的事実を、「幽霊が存在しないと証明できた」と同一視することから生じる誤解です。

2 信じることを決意している状態
例えばがんの治療で抗がん剤投与が始まった場合、苦しい副作用を乗り切るためにも「この薬剤でがんが消える」と信じようとするでしょう。この状態は自分の信じるという行為を意識しています。言い換えれば完全に信じているわけではないことを本人は承知しています。

3 信じたい状態
2が意識的に信じることを選択しているのに対して、この状態は無意識での選択です。本当は信じていないということを受容できません。そのために疑念をもたらすことは徹底して退ける必要があります。例えば自分は愛されていると信じたければ、暴力に対して「至らない自分に対する愛のムチだ」と考えようとします。
このブログの承認欲求の定義は自分はOKであると信じたいことですが、これはこの状態です。自分はだめな人間かもしれないという思いを直視できないために、他者を見下したり自分を被害者に位置づけたりと躍起になります。

4 半信半疑の状態
これは信に向かう場合と疑に向かう場合の二つがあります。
前者はこれまで信じていなかったことについて、信じる方向に一歩踏み出した状態です。例えば「今朝祖父の夢を見た後に亡くなった知らせを受けた、もしかしてお別れに来てくれたのかも?」と思うような場合です。
後者は逆にこれまですっかり信じていたことに疑念が生じた状態です。例えば「もしかして長男は本当は自分の子ではないかも?」と思うような場合です。

5 信じていないのに信じているふりをしている状態
例えば子供が本当は親がプレゼントをくれるのだと知りつつサンタクロースを信じているかのように振る舞う場合です。
前回まで考察してきた建前と本音の問題が生じるのは、社会でこの状態が多いと認識されているためです。

6 判断保留の状態
明確な判定はできないと感じる状態と言い換えてもいいでしょう。例えば「地球温暖化は嘘?調べてみたけれど学者ではない自分には判断できないよ」という場合です。

7 関心がない状態
「死後の世界?今の生活で精一杯でその後のことまで考える暇はないよ」というような場合です。

これらは二つのグループに分けることができます。235を作為組、1467を無作為組とします。
無作為組の状態は生じるものです。信じるにしろ疑うにしろ、そこにコントロールの余地はありません。
他方作為組は、自分自身をコントロールしています。2は信じようとする、3は疑わないようにする、5は信じているふりをするという努力を継続しなければその状態を維持することはできません。

次回に続きます。

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