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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

建前と本音 その3

建前と本音

前回は建前と本音の対立をみんなという大箱の中の小箱の争いというモデルで説明しました。
インターネットは匿名の発言が容易なために人々の本音が分かりやすい場です。本音を言いにくい社会ほど、ネット上では匿名で本音を言うことが正しいのだと感じる人は増えると想像できます。
しかしその一方で、よく観察すれば注目を浴びるような本音はパターン化されていることに気付くでしょう。それはほとんどの場合問題提起よりも感情の刺激に主眼を置いています。

そのため肝心の論点はすっかり忘れられ、感情的なやりとりとなる場合がほとんどです。
本音を支持する人は、建前を主張する人間はきれいごとばかりで真実から目を逸らす嘘つきであると相手を攻撃します。攻撃された側は社会のルールや相手の心情を無視して勝手なことを言うのは子供っぽい言動だと反撃します。
双方の感情的なやりとりによって、論点を丁寧に検証する声はかき消されてしまうことは少なくありません。

例えば現在アメリカの大統領選挙候補者であるトランプ氏の発言が注目を集めています。泡沫候補者と言われる人は大勢の人に主張に耳を傾けてもらうためにまず世間の注目を集める必要があります。そのためにはマック赤坂氏のように奇抜な衣装を纏ったり、トランプ氏のように炎上する発言を行うことも戦略的には有効です。
なぜ過激な発言をすれば注目を浴びるのでしょう。それは「こんなひどい奴がいるぞ」と叩くために取り上げる人が多く存在するからです。

過激な発言をめぐっての人々の反応は以下があります。
1 何てひどいことを言う人なんだろうと反感を持つ
2 よくぞみんなの本音を代弁してくれたと共感する
3 どうしてこの人はこんなことを言うのだろう、他に何を主張しているのだろうと興味を持つ
4 興味なし

建前と本音という二項対立と捉える時に存在するのは1と2のみです。そこには3と4の姿は見えません。

3は「なるほどこういう理屈づけで過激な発言が支持されるのか」という理解や、論点ごとの検証に向かいます。
しかし3の態度は1と2の双方から嫌われることが少なくありません。3の興味は個々の論じられている内容にあり、発言した人物自体に対する判断ではありません。「論点Aに関する主張には同意するが論点Bに関しては事実誤認があると思う」という意見は、敵か味方かを明確にしたい人には曖昧な態度に映ります。
同様に「発言内容には全く同意しないけれど発言すること自体を非難すべきではない」と考える人も1と2の双方から敵視されることがあります。

箱のパッケージで選択し中身の各論点については丸呑みすることを、社会学者の内藤朝雄さんは論点抱き合わせセットという概念で説明しています。
d.hatena.ne.jp

3の態度の人に自分達の箱の丸呑みを求めて議論を振る人がいます。それは最初は論点に関する意見のやりとりのようで、最終的には揚げ足取りや威嚇となる場合も少なくありません。自分はOKであると信じたい承認欲求から発した議論は、異なる立場を上下関係や敵対関係としてしか受け入れることができません。
絡まれることを恐れた人は面倒を避けるために異議があっても表面的に丸呑みしているかのように振る舞うことがあります。こうして新たな建前と本音の分離が生じます。

これは政治の分野に限りません。
例えば反論されると自分を否定されたと捉える人は、自分という箱をまるごと受容しろと強要するようなものです。そのような人と関係を維持したければ、本音を隠して表面的に同意するしかありません。

自分をOKであると信じたい人は、自分という箱を肯定することを自分自身や他者に強要します。
しかしそもそも箱の中身は何でしょう。有名な先祖をまるで自分自身のように自慢する人がいます。所持品を自慢する人もいます。整形手術で自分の顔を変える人もいます。過去の苦労を自慢する人もいます。
その時々で都合のよいものを箱に入れて、「これが自分だ」というアイデンティティを作り出しているだけかもしれません。