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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

建前と本音 その1

社会的に重要な地位にある人の暴言がしばしば話題になります。ヘイトスピーチに対して「よくぞ本音を言った」と好意的に受け止める人達が一定数存在します。今回は建前と本音について考察しましょう。

これまで何度も膜について言及しました。承認欲求が高い人は、世界を膜で遮断することで自分はOKである世界を作り上げます。問題はそれを「自分の認識した世界」ではなく「唯一の現実」だと思い込んでしまうことです。

現実と混同できるのは、それが現実を意識せずに加工処理したものであるからです。この加工処理の方法は以下に分類できます。

  1. 消去 例えばAさんを映画に誘って断られた事実を、はじめから誘わなかったかのように記憶から消去します。あるいはBさんに勤務態度を注意されたことを忘却します。
  2. 歪曲した解釈 Aさんは嬉しさに動転して断ってしまったけれど今頃後悔していると解釈します。Bさんは人気のある自分に嫉妬しているのだと捉えます。
  3. ルールの書き換え 誘われたら一度は断るのが奥ゆかしい女性のマナーだと一般論を書き換えることで、Aさんは再度誘われるのを待っていると結論します。あるいは会社では柔軟性こそ重要であると常識を書き換え、Bさんは間違っていると結論します。

不適切発言であると炎上するものの中には3のルールの書き換えが見られるケースがあります。
新しく作り出されたルールは、「本音を言う人間の正直さと勇気は賞賛されるべきだ」というものです。
この種の発言のサンプルはネット上で幾らでも見つかります。建前と本音が存在することを前提に、「本音を言った俺ってかっこいい」という一種の自己陶酔があります。

炎上後はしばしば「酒に酔ってツイートしてしまいました」という言い訳が使われます。これは「飲酒上の失敗は大目にみられるべきである」というルールの書き換えです。もうひとつよく用いられる「書き方が悪く誤解を与えてしまいました」という言い訳の方は、上記2の歪曲した解釈の可能性があります。

ルールの書き換えは「みんな」という言葉がキーワードです。
承認欲求が高いと膜が厚くなります。そのために世界には多様な考え方があることが見えなくなり、簡単に「これがルールだ」とマイルールを他者に押し付けます。
また自分の膜を守るために考え方が似た人に接近し、そうでない人からは遠ざかります。その結果集団のメンバーを意味する「みんな」という言葉がいつの間にか世間一般へと拡大解釈されます。

この点で例えば「差別はいけないと言うけれども、自分は女は嫌いだ」という個人の感想や「男女機会平等に関する問題は慎重に考慮しないと人口減少が加速する」という問題提起と、「女がうるさいから建前で平等と言うけれど、本当はみんな男の方が優れてるって思ってるよね」という種類の主張とは明確な区別が必要です。

「みんなこうだよね」という人には、単に社会経験が少ないか偏っているための知識不足である場合と、上述した承認欲求に基づく膜が原因の場合があります。
前者であれば会話を続けることで「みんなではない」という理解が生じるでしょう。

しかし後者はそれを拒否したり疑問を呈すればはただちに敵として認定します。正義のヒーローは悪者なしには存在できないように「本音を言う自分はカッコイイ」という思いも建前を押し付ける人なしには存在できません。そこで同意しない人に対して建前を押し付ける人、「みんな」の枠外の変人、あるいは利害関係者というレッテルを貼り攻撃します。

次回に続きます。