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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

はじめての方へ

検索からこのブログに辿り着いて、戸惑いを感じる方は少なくないだろうと思います。そこではじめての方に向けてこのブログの歩き方をまとめてみることにしました。

このブログのテーマは承認欲求です。
どうして話が通じない人がいるのか、同調圧力はどうして生じるのか、なぜ他者を支配したくなるのかなど人間関係や社会のメカニズムについて考察しています。一番伝えたいことは社会に充満する「お前は駄目な奴だ」という呪いから自由になる方法です。

もしもあなたがこの分野に興味があるならば、次のステップは戸惑いの解明です。

1 内容がよく理解できない

残念ながらオリジナル性が高くこれまでの考え方とかなり異なるために、ブログの最初の記事から順に読まないと理解が困難でしょう。是非最初からじっくり読んで戴きたいのですが、時間がなければ少なくとも以下の点をご留意下さい。

  • 私は承認欲求を自分はOKであると信じたい気持ちと定義しています。言い換えれば承認欲求は自分はだめな人間かもしれないと感じないための防御反応です。
  • 承認欲求の表出は「俺ってすごい」「あいつは駄目だ」という自己顕示モードと「悪いのは私じゃない」「あの人はひどい」という被害者モードの二つがあります。
  • 承認欲求は有と無の二項対立ではなく、グラデーションがあるものです。同一人物でも変化します。承認欲求が全くないという人は稀な存在でしょう。しかし承認欲求がない状態は誰にでも存在します。

2 文体に馴染めない

体験談がないため筆者の姿が見えず、断定調の上から目線のように感じるかもしれません。他説を下じきにしたものではないので「私は…と思います」「ではないでしょうか」という言い回しは省き、簡潔さを優先しています。
アカデミックな堅い文章を読み慣れている方も違和感を覚えるでしょう。専門用語を避けて誰にでも分かる言葉で書いており、かつ生活臭のある例を好んで挙げているためです。
政治評論系のズバッと断罪する文章に親しんでいる方なら、分かりやすい結論がないことにイライラするかもしれません。考える糸口を提供することが目的なので、最終的な価値判断は敢えて避けています。

これはこれまで食べたことのない異国の食品と同じで、読み進めるうちに慣れて気にならなくなると思います。

3 読み進めることに抵抗を感じる

勧善懲悪の刺激を求めている方には向きません。憂さを晴らしてすっきりするつもりが逆に嫌な気分になる可能性があるのでご注意下さい。
私の承認欲求の定義には「自分」「OK」「信じたい」という三つのキーワードがあります。
「私とは何か」という問題に踏み込むために、自我にとっては危険です。また人間はこうあるべきだという基準が揺らぐ心配もあります。さらに世の中はこういうものだという安心感に水を差すことになるでしょう。

何かを知りたいつもりで実は「自分はこれでOKだよね、悪いのは他者だよね」と安心したいだけであることは少なくありません。信じたいことに疑問を投げかけられれば拒否反応を示すのは当然です。
承認欲求の強さは変化します。いつかふと思い出して再訪いただければ、その時は抵抗を感じないかもしれません。

記事一覧はこちらです。glicine394.hatenablog.com