承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

支配欲と敵の正体

前回において生身の感覚を膜で遮断されているために幸福なはずが空虚さを伴う、この空虚さがグル商人の自分はだめな人間かもしれないという感覚の正体だと述べました。

承認欲求とは自分はOKであると信じたいことだとこのブログでは定義しています。言い換えれば承認欲求は自分はだめな人間かもしれないと感じないための防御反応です。本来は一時的なものであるはずの反応が長く持続し、さらに強固になっていくことを膜と表現しています。

膜は自分と世界を隔てるだけでなく、自分自身の実感も隔てます。しかし見たくないものが世界から消えてしまう訳ではありません。明確に意識されなくても、漠然とした違和感という形で何かが存在することを察知することがあります。本人にはその正体が分からないために不気味さが募ります。

例えば「若くて美しい女性にモテる自分はすごい」というストーリーで自分はOKだと感じる男性がいるとします。彼がこのストーリーに依存するのは加齢を感じることや収入が少ないことなど何らかの理由で劣等感を感じているからです。

彼は熱心にアプローチしたり見栄を張ったりすることで若くて美しい女性と恋愛関係に入ることができるかもしれません。
しかし童話ならばそこでハッピーエンドですが、実際は付き合いはじめてからが本当のスタートです。

そもそも彼が興味を持つのは「モテる自分」であり、彼にとって彼女は「若くて美しい女」という記号のような存在です。彼女はいつかそれに気付いて気持ちが離れていくかもしれません。たとえそうでなくてもすべては刻々と変化するものです。彼女は体調が悪くて早く一人になりたいと素っ気ない素振りをすることもあるでしょう。
ところが彼は彼女がストーリー通りに演じないことを許容できません。

そこで彼女に熱愛しているように振る舞うことを強要することがあります。あるいは別れを切り出されるのを恐れ先に自分から別れを告げるかもしれません。さらに同時進行で別の若くて美しい女性を追い求めることもあり得ます。
これらの振る舞いは関係を維持したいのか断ち切りたいのか矛盾しているようですが、どれもストーリーを維持するという目的に合致するものです。彼が支配したいのは彼女ではなく膜であることに気付けば納得が行くでしょう。

グル商人は自分の膜を維持するために他者を積極的に巻き込むのに対して、エア軍師は膜を壊しそうな人を遠ざけるという消極的な方法に重点を置きます。そのため後者は人間よりもアイドルや二次元の女性を追いかけるかもしれません。しかしどちらも自分はだめな人間かもしれない世界を膜で遮断して、自分の望む世界を作ろうとする点で同様です。

承認欲求は最終的には支配欲に収斂されます。エア軍師のように支配する能力が弱ければ、空想を支配することに留まります。しかし能力に応じて身近な人、集団、見知らぬ他者と支配の対象となる範囲は広がって行きます。なぜならば決して安心を得ることができないからです。たとえ地球上のすべてを支配したとしても、宇宙人が攻めてくるかもしれない、裏切り者が現れるかもしれないと不安になるでしょう。

なぜ安心できないのでしょうか。それは敵の正体が見えないからです。
「膜は自分と世界を隔てるだけでなく、自分自身の実感も隔てます」と上述しました。
敵の正体は自分自身です。

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