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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

空虚な幸福

コミュニケーション

コミュニケーションと承認欲求に関する四つの方向性についてこれまで数回にわたり考察しました。承認欲求もコミュニケーション能力も高いグル商人と名付けた極に重点を置いたのは、社会の成功者モデルとしてそれを目指す人が増えているように思うためです。

ところで私の承認欲求の定義は自分はOKであると信じたいことであり、その背後には自分はだめな人間かもしれないという不安が隠されていることをこれまで何度も言及しました。
しかしグル商人は成功を手に入れる可能性が高く、人にも好かれ、自信に満ちている場合が多いことはこれまで考察した通りです。彼に自分はだめな人間だという不安が存在するとは考え難いようにも思われます。
この矛盾を解くにあたっては、成功とは何か、幸福とは何か、その考え方が重要なポイントです。

グル商人が追い求める成功とは、社会で多くの人が欲することを手に入れることを意味します。経済的な豊かさ、名声、支配力、モテることがその典型です。
これは誰にも理解されなくても自分がこれと思うことを追求するヒキ学者とは対極です。

食事に喩えると分かりやすいでしょう。
グル商人は「カンパーニュ地方の天然黒トリュフは美味だが稀少で入手しにくい」と聞けばそれを食べたがります。そして現地で高価な一級品を食する機会を得るとこれは美味しいと思うのですが、そこにはこれは美味しいはずのものだという思い込みが作用しています。
ヒキ学者はたとえ人に気持ち悪いと思われても、今はバナナを焼いて醤油をかけて食べたい気分だと感じればそうします。
両者のどちらが深い満足を得られるでしょうか。

ヒキ学者のメニューはその時の生身の感覚に根ざした欲求であるために、満足度が高いでしょう。もしも見当違いで不味ければ躊躇なく捨てるか犬に与え、別のものを探すでしょう。
一方グル商人のメニューは身体がその時求めているものとは異なる可能性が高く、深い満足は得られません。しかも頭では満足しているために不満であることに気がつきません。

こうしてグル商人は意識しない不満が募り、もっと強い刺激を求めるようになります。食事であればもっと珍しくて美味しいもの、豊かさであればもっとたくさんの儲けというようにエスカレートします。

彼が深い満足を得られないのは、膜が存在しており生身の感覚が遮られているからです。この膜は予測のつかない危険な世界から自分を守るために作り上げた「世界はこういうものだ」という信のフィルターです。
しかも彼は膜が存在することすら自覚していません。信じたいということが意識に上ると実際はそうでないことが見えてしまいます。
そのため自覚するのは漠然とした虚しい気分です。この空虚さが彼の自分はだめな人間かもしれないという感覚の正体です。

同じ承認欲求が強いタイプでも、エア軍師は欲しいものを簡単に手に入れることができないためいつかそれを得ることができれば幸せになれるという希望があります。たとえ無理だと絶望していても、棚ボタの夢を見たり、「自分は被害者だ悪いのは奴等だ」と考えます。グル商人のような得体の知れない虚しさはありません。

グル商人は自分よりも劣る人達が満足そうにしていることが気に入りません。「なぜあの貧乏人はバナナに醤油なんてかけて満足しているのか」と苛立ちを覚えます。あんなものが美味いはずがないではないかという思いから、自分も試してみようという気持ちにはなりません。万一試したとしても美味いとは思わないでしょう。

彼の苛立ちは満足そうな他者に向かうことがあります。これは一種の嫉妬ですが、彼は嫉妬であると気付いてはいません。自分の方が彼らより圧倒的に優位であり幸福であると信じているからです。

その結果例えば自分が大金持ちになるだけでは満足せず、他者が貧乏に喘ぎ苦悩することを求めるようになります。あるいは業界で成功することだけでは満足せず、その業界を支配し自分に媚びない者は痛い目に合わせようとすることもあります。知人の妻を誘惑して家庭を破壊してから捨てることもあります。

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