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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

なぜ嘘をつくのか その2

「バカ正直」「嘘も方便」という言葉の存在からは、嘘は日常生活にありふれたことのように思えます。すべての嘘は承認欲求と関係するものなのでしょうか。方便だと考えられる可能性が高い幾つかの小さな嘘を例にして考えましょう。

A「今年のクリスマスパーティはお宅でやろうよ。」(部屋の片付けが面倒だから嫌だ…)「夫が在宅で急ぎの仕事をする予定だから無理ね。」

B「今日の服は派手すぎたよね、私はもうおばさんだから。」(いい年して若作りがイタい…)「そんなことないですよ、すごく似合っていますよ。」

C「ちょっと奥さん、田中さんの噂聞いた?」(おしゃべりなご近所さんだ、逃げよう…)「すいません、今急いでいるので失礼します。」

D「君の精密検査の結果はどうだった?」(本当のことを言えばショックを受けそうだ…)「全く問題なかったよ。」

この四つの嘘には共通のキーワードがあります。それは「穏便に済ませる」ということです。
なぜ嘘をついてまで穏便に済ませようとするのでしょうか。四つの可能性があります。
1 嫌な人だと思われないため
2 損害を避けるため
3 相手への心遣い
4 それが大人の対応だから

1が承認欲求と結びつくことは説明が不要でしょう。自分はOKであると信じたい気持ちがなければ、相手を傷つけないよう言い方に配慮することはあっても、嘘をついてまで良い人だと思われる必要はありません。例えばBで先輩社員に「もう少し露出が少ない方が似合うと思いますね」と言うことは可能です。

しかし嫌な人だと思われることが何らかの損害に結びつく可能性が高いならば、承認欲求がなくてもそれを避けようとすることは理に適っています。これが2です。例えばCのご近所さんは嫌がらせの常習犯で悪意を持たれたら大変だという場合です。
2には単に面倒を避けたい場合も含みます。例えばDで自分に気持ちの余裕がないので相手に影響されずひとり静かに考えたいとか、Aで夫の趣味の道具でリビングが散らかっているのが問題だけれど、その趣味を聞かれたくないという場合です。

3はそれが本当に相手のためになるのかをよく検討する必要があります。例えばDでは相手はショックを受けても真実を知りたいと思っているでしょう。嘘がバレたら信頼されてないのかと落胆するかもしれません。Bでも相手は社交辞令よりも若い人の正直な感想を求めているかもしれません。相手への心遣いは常に、もしかしたら自分の大きな勘違いかもしれないという危険を孕みます。

4はショートカットです。2の損害や3の相手のためというのはケースバイケースであり、それを見極めるためには考察が必要です。そこでともかく嘘でその場を穏便に乗り切ればよいと単純化します。それを大人の対応だと考えるのです。

問題はそれがショートカットであることを忘れ、常にそうすべきだと思いこんでしまう人が少なくないという点です。
例えばAで、「私は片付けが苦手だから今の家の状態を考えたら負担だわ。我が家で開催しなければいけないならば今後参加しないことにしようかな。子供はかわいそうだけど、引き受けると今からすごくストレスになりそう。」と正直に伝えたとしましょう。
これを大人の対応ができない子供っぽい人だとバカにしたり批難したりする人が存在します。パーティを自宅でやりたくないことではなく、嘘で穏便に断らないことに対する批難です。

嘘を方便として使って上手に世渡りすることが大切だ、それをできる自分はスマートな大人だと考える人は少なくありません。実はこの背後の考え方こそ承認欲求にかかわるものです。
嘘をつくことには罪悪感が伴うことが少なくありません。特に面倒を避けたり相手を慮るという嘘をつく理由が存在しない場合です。そこで自分をOKだと信じるために、嘘をつく能力を価値があるものだと見做そうとします。

嘘をつく自分は世渡り上手な大人だと肯定的に感じるようになれば、承認欲求が生じる度に安易に嘘を重ねるようになり、やがて嘘と現実の混同により現実認識が歪む危険もあります。
罪悪感を遮る膜はどんどん厚くなり、嘘をつかずに自分の事情を説明し交渉しようとする人に対して嫌悪感を抱きます。

軽い嘘で穏便に済ませば相手との関係は悪化しませんが、表面的な関係に止まります。安全な距離を常に維持するのは、近づきすぎれば危険だと感じることの裏返しでもあります。ここでの危険は損害を受けることではなく、状況をコントロールできないことに対するものです。自分はOKであるという「信」の膜が破られる危機感と言い換えてもいいでしょう。
これが実直に人間関係の距離を詰めてくる人への嫌悪感に繋がります。

嘘は毒に似ています。少量の毒は時として薬になりますが、本質的に破壊力が強いものであるため取り扱いには細心の注意が必要です。
人と関わるのに嘘をつかずに済むのならばそれに越したことはないと考えれば、デキ上司型のコミュニケーション能力を身に付けようと努力するでしょう。
逆に気軽に嘘をつく方向に進めば、グル商人型のコミュニケーションを目指すことになります。

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