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承認欲求の考察

承認欲求をキーワードに、人間心理や社会を考察します。

思考のショートカット

私たちは多くの行動を自動化しています。例えば自動車の運転中にひとつひとつの動作に細心の注意を払うのは、初心者の間か車の調子が悪い時くらいでしょう。同様に思考も、プロセスの自動化による単純化、すなわちショートカットが行われます。例えばAさんに何度も親切にされて好印象を持てば、Aさんは良い人というショートカットが成立します。その後AさんとBさんが喧嘩しているのを目撃すれば、悪いのはBさんの方だろうと推測が働くかもしれません。

ショートカットは便利なものです。常にすべての過程に細心の注意を払っていたのでは、判断に時間もかかるし気が抜けません。知覚自体にもショートカットが含まれています。ちらっと一部を見ただけで、記憶から全体像を補完します。言語もショートカットです。ショートカットは人間のデフォルトの仕様です。

ショートカットは不都合をもたらす場合もあります。第一に「いつも化」することで、変化を捉えることの妨げになります。第二に誤ったショートカットができてしまうと判断に狂いが生じ、しかもどこで誤ったのかを見つけ出すことは容易ではありません。第三に一般化することで誤りとはいかないまでも不正確となることがあります。

「自分はこういう人間だ」という概念もショートカットです。「ある時点のある環境に於いては」という限定をはずして人物像を一般化することはできません。にもかかわらず、自分はこういう人間だという像を作り上げ、それに合うように行動する人も少なくありません。更には、「自分はこういう人間であるべきだ」という実際とは遠く離れた像に合わせようと四苦八苦するケースもあります。承認欲求が生じる原因となる自分はだめな人間かもしれないという思いの背後には、こうあるべきという理想像と現実との乖離が存在します。

人物像のショートカットは多く見られます。そこには人間は安定したもので、環境や年齢での変化は無視できる範囲だという考えを前提にしています。早く把握したいという思いが単純化に駆り立てるのですが、早く把握するために不正確さに目を瞑っているという事実を忘却してしまいます。そうなるとそのショートカットが不都合な時も修正が困難になります。

すべてか無かの極端な二択になりやすいことも問題です。一旦あの人は正しいことを言う人だと思えば、その人の言うことはすべて正しいと鵜呑みにすることも珍しくありません。もしもその人の言葉に明白な誤りがあることに気づくと、今度はその人のすべての論説を否定する側に回ることもあります。

人の評価のみならず、正しいという概念もショートカットです。何が正しいかは時代や環境によって異なります。若い頃に思い込んでいたことが時を経て誤りだと気づいたという経験は誰にでもあるでしょう。

生きることに対する緊張があると、早く物事を把握したいという思いから観察が疎かになり、思考のショートカットへの依存度が高まります。
常に変化しつづける世界でくつろぐことの困難さが単純化を求めます。単純化ゆえに思考が硬直化し、現実を二項対立や序列のような分かりやすい世界であるかのように錯覚します。錯覚を元に自己を評定して落ち込んだり、落胆を無視するために承認欲求が生じて正当化したりします。
承認欲求を見つめ直す作業は、硬直したショートカットを紐解いて、ありのままのの現実により近づくプロセスです。